VANISHING POINT | ABOUT BJC

VANISHING POINT | 浅井 健一
VANISHING POINT | 浅井 健一1964年12月29日名古屋市生まれ。
愛称:ベンジ-( 映画「グローイング・アップ」の主人公・ベンジー少年に似ている事から)。1990年2月に東京で照井利幸、中村達也とともにブランキー・ジェット・シティを結成。ヴォーカル、ギター担当。1990年8月にTV番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称・イカ天)に出演、5週連続で勝ち抜いて「グランドイカ天キング」に輝き、91年4月、アルバム『Red Guitar And The Truth』でデビュー、チャート初登場8位を記録する大反響を巻き起こし、たちまちトップ・バンドへとのしあがる。浅井はブランキーの名曲の多くの作詞作曲を手がけ、繊細にして強靱なヴォーカル・スタイルと、激しくもテクニカルなギター・プレイ、少年の面影を残したルックスなどでカリスマ的人気を集める。

 1999年、アルバム『Harlem Jets』を最後にバンドは解散。浅井はブランキーと並行して続けてきたSHERBETSに活動の軸足を移し、自主レーベル“SEXY STONES RECORDS”を設立。UAとのAJICOやJUDE(ユダ)といったバンドでも活動。2006年からは浅井健一ソロ名義の活動も始めている。イラストも描き絵本や画集を出すなど多彩な才能の持ち主でもある。

VANISHING POINT | 照井 利幸
VANISHING POINT | 照井 利幸1964年2月28日愛知県生まれ。
名古屋のディスコで知り合い、1980年代後半はスキャッツというバンドで共に活動していた浅井健一と東京で再会し、1990年2月に中村達也とともにブランキー・ジェット・シティを結成。「イカ天」出演をきっかけに、その比類なく激しくエモーショナルなプレイ、パワフルでソリッドなバンド・サウンドで、バンド・ブームに浮かれるシーンに衝撃を与える。照井はベースを担当。寡黙だが硬派な存在感、ソリッドでタフなベース・プレイで人気を集める。作曲も手がける。

 1999年、『LOVE IS DIE DIE IS A CHANGE』ツアー、そして7月のフジ・ロック・フェスティヴァル出演を最後にバンドは解散。照井はソロ・プロジェクト「CARNE」のあと、元ミッシェル・ガン・エレファントのチバユウスケとROSSOを結成。さらに中村達也、勝井祐二(ROVO)、豊田利晃(映画監督・映像担当)とのTWIN TAILやSIGNALS、浅井健一とのPONTIACSといったバンド/ユニットでも活動。「ケルト&コブラ」というファッション・ブランドのデザインを手がける(現在は解散)など、非常に多彩な才能の持ち主である。背中一面に聖母マリアの刺青を施している。

VANISHING POINT | 中村 達也
VANISHING POINT | 中村 達也1965年1月4日富山県生まれ、名古屋育ち。
10代のころからドラマーとして活動、オキシドール、原爆オナニーズ、ザ・スターリン、The GOD、スタークラブ、ラフィン・ノーズなど、日本の主要なパンク・バンドの多くで叩いた経歴を持ち「日本一のパンク・ドラマー」と評される。1990年に浅井健一に誘われ照井利幸とともにブランキー・ジェット・シティを結成。その直前まで刺青の彫り師になるつもりだったが、浅井の歌を聞き、彼の世界をバックアップするのが自分の使命と直感したという。パワフルで自由奔放なプレイ、天衣無縫なキャラクターで人気を集めた。

 99年のブランキー解散後はリーダー・バンドのLOSALIOSを拠点に、レックとのフリクション、斉藤和義とのマニッシュ・ボーイズ、遠藤ミチロウとのタッチ・ミーなどで活動。さらにジョン・ゾーン、ビル・ラズウェル、布袋寅泰、Superfly、大友良英など、内外・ジャンルを問わない音楽家たちと共演し、今や日本を代表するドラマーである。またそのフォトジェニックな存在感を買われ俳優としても活動。映画『蘇りの血』(豊田利晃監督)で主演を務めたほか、大河ドラマ『龍馬伝』など多くのドラマや映画に出演している。

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